鈴蘭高原「雪原ハイキング」ツアーに参加しました

こんにちは! 田代です。
先日、高山市朝日町の鈴蘭高原で白銀の世界を歩き回る、大人気の冬のアクティビティ「雪原ハイキング」に、飛騨市のお友達(「飛騨みんなの博覧会」のお仲間。30代~〇〇代の4名)を誘って参加してまいりました!

この雪原ハイキングは、下呂市小坂町のNPO法人「飛騨小坂200滝」さんが主催しているもの。
岐阜の宝もの認定第1号「小坂の滝めぐり」ガイドツアーのほか、シャワークライミングなど様々なアクティビティを主催されています。

雪原ハイキングと聞くと、いろいろ準備が大変そう、とか、あるいは冬山の装備を持っていないんだけど、と懸念される方が多いでしょうが、とりあえず動ける服さえ着てこれば、シューズ・ウエア・グローブ・スノーシュー(かんじき)など必要なものは全部貸していただけます。

■雪の上を歩く

場所は冬季の「鈴蘭高原カントリークラブ」。
今年は例年になく暖冬で雪が少なく、芝が見えているところもあります。

スノーシュー(かんじき)で雪を歩きます。

後ろに見えるのは雄大な御岳!

写真を撮ってくれた216works代表の熊崎さん。すごいところから撮ってくれてます。

■そりで滑る

童心に帰りまくっております。実年齢とはかなりのギャップがありますが、気分は小学生!

■カフェでまったり

ハイキングとそり滑りのあとは、下呂市の「ジークフリーダ」のグリューワインと、ツアーガイド佐々木礼子さんお手製のきんかんジャムを載せたチーズとクラッカーのおやつでひとやすみ。

■昼は小坂名物「炭酸泉湯豆腐」

昼は「小黒川釣場」でご用意いただいた、小坂に湧き出る炭酸泉で炊いたとろける湯豆腐をいただきました。
炭酸で徐々に豆腐が溶けていき、だんだんと鍋のお汁が豆乳化していきます。感動的なおいしさです。

以上、合計4時間余り。最高の体験ツアーでした!2018年冬は暖冬につき2月一杯でおしまいだそうですが、例年は3月上旬までは随時ツアーを行っているそうです。

「私も体験してみたい」という方。「小坂の滝めぐり」—「雪原ハイキング」のWEBから申込みいただけます。

飛騨小坂200滝さんはこのたび、エコツーリズムを実践する地域の事業者の取り組みを表彰する環境省「第14回エコツーリズム大賞」を受賞されました。すごい快挙。おめでとうございます。鈴蘭高原などフィールドも拡大しており、ますますの活躍が楽しみです!

飛騨市神岡町山之村で感じた農山村のリアル―移動スーパー「まごころよしさん号」にて―

こんにちは! 田代です。

2月20日、飛騨市で活躍する移動スーパー「まごころよしさん号」に半日同乗し、人口200人の神岡町山之村での移動販売を取材しました。
そこで、農山村のリアルとはこういうことだったのか、と私が感じたことを報告します。写真は山之村の風景。これでも今年は例年より全然雪が少ないのです。

■人口減少と生活関連サービスの関係

岐阜県飛騨地域は「人口減少先進地」といわれますが、特にその周縁部、中山間地域の集落では人口減少がより早く進み、スーパーやガソリンスタンドなど生活関連サービスの店舗が撤退する事態が起きています。こうしたことに関する飛騨地域の状況、あるいは自治体や民間の動きに関心がおありの方は、2018年に私の書いた2つのレポートをお読みいただけますと幸いです。

田代(2018)「課題先進地・飛騨から見える、「4大生活サービス」と人口の関係

同(2018)「飛騨から見える「買い物弱者対策」のいま―人口減少の速度を遅くする「需要密度」引き上げ戦略―


■まごころよしさん号・けいちゃん号

さて、まごころよしさん号・まごころけいちゃん号は、飛騨一円(神岡~上宝、山之村、古川)に住む、買い物に行くことができないお年寄りに食品を販売する移動スーパーです。週6日、ルートを3つに分けて1日30~40軒のお宅を移動販売で回っています。坂本良威さん(よしさん)、坂本佳祐さん(けいちゃん)の兄弟が運営しています。2018年3月に「けいちゃん号」に乗車した記録はすでにブログでレポートしています(→リンク)。先日は、テレ朝「ナニコレ珍百景」(2019年2月10日放送)で坂本兄弟が大きく取り上げられ、すごい反響だったそうです。


さて、山之村の話に戻りましょう。岐阜県の東北端、飛騨市神岡町の中心部から、車で峠越えの道を約1時間進みます。標高850mの盆地に60世帯・約200人の方が住む集落です。ここには神岡鉱山の一つである下之本鉱山があり、かつては鉱業都市の一角を形成していましたが、現在は鉱山採掘を休止しており、主な産業は農業、畜産です。夏はほうれんそう、冬は厳しい寒さを利用して作られる特産物「山之村寒干し大根」が有名です。


■2月末にスーパー等が閉店する

さて、この山之村。実は2019年2月28日(今月末)で、JAの運営するスーパー、ガソリンスタンド、郵便局が同時に撤退することが決まっています。複数の生活サービス産業の供給がいちどに失われる、大きな変化点を迎えているのです。

要するに、この3月以降、山之村での買い物手段はこの「まごころよしさん号」だけになる、ということです。よしさん号で買い物をされるお客さまからも「JAが2月末でなくなるしな・・・」という声が聞こえてきました。

普通、こういう状況であれば、誰もが、「この村はこれから生活環境厳しくなるな・・・」と想像するじゃないですか。
ところが、道中によしさんから伺った話は、そんな「衰退する農山村」のステレオタイプなイメージとはかなり異なるものでした。

それは、山之村での販売における売れ筋は何か?と何気なく聞いたことがきっかけでした。よしさんの答えは、

「牛乳、豆腐、サンドイッチなど、日持ちのしないものはよく売れる。しかし住民のみなさんは、日持ちのする日用品は自分で神岡市街地に買いに行っている。」
「このため実は、山之村の移動販売の利用率はあまり高くない。」
「みんな車を持ち、神岡中心部まで買い物に行くことに慣れているので、意外に困っていない。」

というものでした。

■なぜ住民は困っていないのか?

高齢化率が約50%といわれる山之村が「意外に困っていない」という答え。私にはこれこそ意外でしたので、「それはなぜか?」ということについて、道中、よしさんと議論しながら進みました。

そこで行きついたひとつの仮説は、

山之村に住む人々にとって、移動スーパーのような便利なサービスに「依存しすぎない」「頼りすぎない」ことは一つのアイデンティティなのではないか

というものです。

よしさん・けいちゃんの移動スーパーは便利です。地域の一部の人たちにとっては「救世主」のようなサービスといえます。しかしこれに依存しすぎると、万が一このサービスがなくなった場合、人々は困り果ててしまう。だから、依存しすぎないように住民がみずから相当努力しているのではないか。

つまり、山之村の現在の状況は、テレビなどのメディアで切り取られがちな

「人口減少/高齢化で衰退する農村」 ← 「移動販売の救世主」

という単純な構図には決して回収されない、住民の努力と強い意志が働いているものと思います。

私はちょうど最近、小田切徳美(2014)『農山村は消滅しない』(岩波新書)という書を読んだことを思い出しました。農山村は簡単には衰退へと向かわない強い復元力を持っている、という同書の主張と、よしさんと話し合った仮説には整合するものがあり、思わず唸ってしまいました。これこそ地方で起きているユニークなダイナミズムであり、また農山村の現場のリアルなのではないかと私は思います。

しかし、現実として2月末にはJAのショップが撤退するわけです。この後、人々の購買行動はどう変化するでしょうか。すごく興味があります。

飛騨みんなの博覧会―「蓬莱」酒蔵満喫ツアー―に参加しました

こんにちは! 田代です。
2月8日、飛騨市で開催中の「飛騨みんなの博覧会(冬)」のプログラム

「蓬莱」酒蔵満喫ツアー(蔵元特製のランチ付き♡)

参加してまいりました。


飛騨みんなの博覧会とは:
岐阜県飛騨市で開催される、飛騨の魅力を飛騨で体験する着地型観光体験イベント。 「オンパク手法」を飛騨市版にカスタマイズし、2017年から開催。初年度は35のプログラムが集まった。 2018年は秋開催が44プログラム、冬開催が10プログラムで開催される。


渡辺酒造店(「蓬莱」蔵元)さんで行われた、大感激のプログラムでした。
ではさっそくその模様をご紹介いたします。
ちなみに私は、渡辺酒造店の蔵見学は2度目です。前回の模様は→こちら

■プログラム開始

12人(満員)の参加者が白衣と帽子に着替える中、渡辺専務による講義が始まります。
酒造メーカーの冬場は酒造りの真っ最中であり、本当は超のつくくらいシリアスな現場なのですが、酒蔵へのハードルを日本一下げることをモットーとする渡辺専務の軽妙なトークにより、そのような真剣な場であることをしばし忘れさせてくれます。

■お米の説明

渡辺酒造店さんは、定番の「山田錦」のほか、ご当地飛騨でつくられる銘米「ひだほまれ」を仕込みに多く使われていることが紹介されます。地方の経済再生のカギは域内調達率の向上であるというのは私の重要な研究テーマでもあり、こうした実践にはグッとくるものがあります。

■カッパ出現

蔵見学も終わりに近づいたころ、
振り返ると、カッパが黙々と作業をしていました。

渡辺専務「ウチはけっこうカッパに頑張ってもらっています。酒造りには欠かせない存在」

■目が合う

■握手に応じる

カッパの左手薬指に結婚指輪がはまっているのを参加者に発見され照れていました。

※渡辺酒造店とカッパについては2016年に「飛騨スポ」が報じたこちらの記事をご参照ください。

■新しい顔ハメパネル

昨年わたしが見学させていただいたときにはなかった、新しい顔ハメパネル(右側)がありました。

■そして、渡辺酒造限定酒飲み比べ

この日限定のお酒を含め、9種類の「蓬莱」を飲み比べるという素敵すぎるプラン。

このようにどんどんお酒がつがれていきます。至福です。

■特製ランチ

ランチは蕪水亭さんの特製ランチ。お酒との相性が抜群です。飛騨古川はなんて奥深いのだろうと再認識させられます。

■この日限定のお酒

「蓬莱」の通常の新酒よりも精米歩合の高い「限定酒」がこの日は振舞われました。希望者には特別に販売も可能だということでしたので私も思わず1本購入しました。

■体験型観光というものに関して

ところで、観光の質を高めるうえで全国各地が直面していることは、「体験型観光」を常設化することの難しさです。体験型観光は、提供側(事業者サイド)には、対応当日の担当者の配置など、事前の確保が必要です。しかも、最終的に予約が入らければ、担当者の人件費など、投下したコストが全部埋没してしまいます。さらに、常設化へと近づけば近づくほど、プログラムの予約はギリギリにしか入ってこなくなるため、事前の段取りはより難しくなる、というジレンマです。

このため、体験型観光を提供する事業者サイドには、イノベーション経営の文脈でいえば「死の谷」に相当するような過酷なコスト先行期を乗り越えねばなりません。このため、体験型観光は、どの地域でも熱望されているが、思ったように簡単には育たない。「死の谷」を超えられる企業はそんなに多くない、ということです。

もちろんこのプログラムについても、提供されている渡辺酒造店さんには1回でも相当の負荷がかかったことは間違いありません。しかし、常設化というのは誰でも超えられるものではない谷だからこそ、ぜひ渡辺酒造さんに超えていただきたいと、蓬莱ファンとしては熱望しております。

なんとこのプログラム、2,500円という破格のお値段で実施されましたが、これはテストマーケティングの意味合いが強いと思われます。実際は5,000円でも十分納得できるプログラムだと思います。ありがとうございました!

(写真は渡辺酒造店と円光寺の間を流れる瀬戸川です)

高山観光ホテル 節分祭に参加しました

こんにちは!田代です。

2月5日に、高山観光ホテルの「節分祭」にお招きいただき、参加してまいりました。

節分祭は、1964年のホテル創業以来続く伝統行事で、今回が54回目。

■高山観光ホテルの創業経緯

会の中では、72歳から48歳までの年男4名の方に加え、今年米寿を迎えられそして過去54回すべて参加されているという超レジェンドな旦那様が紹介され、高山観光ホテルが創業した経緯・歴史を話していただきました。その経緯とは・・・

今を去ること半世紀以上前。1960年に、高山市とデンバー市の姉妹都市提携が成立しました。それを記念して、1964年にデンバーから代表団を迎えようということになったものの、

「水洗トイレの設備があるホテルが市内にない」

という問題に直面し、市や名鉄、財界をあげてそのために設立・建設されたのがこの高山観光ホテルであるということです。

いうまでもなく今や国際都市となった高山。しかし、「ディスカバー・ジャパン」が始まっていない1960年代に、すでに国際交流に着目してホテルまで建ててしまったという、その公民連携力、というか、民間と行政をつなぐ「公」(コモンズ)の力量に驚かされます。

さて、亥(いのしし)の縁起のよい盃で乾杯です。

■「松づくし」付めでたから豆まきへ
高山の酒宴といえば、祝い唄「めでた」の唱和がおわるまでは自席を立たずに食事をし、めでたがご披露されると、そのあとは無礼講となって、席を移動してとったりやったりするということが有名です。しかし、今回私は、「めでた」の前に「松づくし」という端唄があり、そしてめでたに移行するロングバージョンをこのお席で初めて知りました。

松づくし付きのこのロングバージョンこそが、高山の旦那衆の”正統”な「めでた」だそうです・・・!

そのめでたが出て無礼講となると、年男の方々はじめ7人の方が七福神に扮し、座敷を歩きまわって豆をまきます。

そのあとはいよいよ無礼講となり、楽しい時間がすぎていきます。

市の財界や観光関係者、約75人が集い、平穏無事と商売繁盛を祈念しました。

今年は平成最後の年ですから、次回、55回目の節分祭は、もう平成ではない次の年号になるわけですね。時代はどんどん新しくなりますが、このような伝統はいつまでも力強く残ってほしいです。

飛騨高山カツ丼考、その2~岐阜はカツ丼の聖地であることの再確認

こんにちは田代です。

私が書いたブログの中で、私の専門領域である地域経済のシリアスな分析とは最もかけ離れた「岐阜はカツ丼の聖地である―最後に残された秘境、飛騨高山カツ丼考」。これが一番良かったという反響を各所から頂戴しており大変複雑な気持ちです。ありがとうございました。

というわけで今日はその続きです。

飛騨高山のカツ丼のイメージの中心を構成するいわば北極星のような存在は、高山市中心部から北へ15分ほど歩いたところにある「万人橋食堂」であることは、すでに説明いたしましたね。何それ?って思った方は上↑のリンクより前の投稿をご覧ください。

■万人橋食堂のカツ丼

万人橋食堂のカツ丼の特徴は、絶妙の弱い火加減で極度に液状化・つゆだく化させた卵ソースにあります。
一方で、主力材料の玉ねぎはあめ色まで炒められて同じ丼の中に共存しています。
果たして、どのような調理法を用いるとこのような状態が実現されるのでしょうか。
これは、万人橋食堂の前にある、飛騨地区有数の進学校、斐太高校の生徒も解けない難問であると言われています。

というようなことを、市のある有識者に報告したところ、

「そのタイプのカツ丼は・・・万人橋固有ではなく、他にもあります。あなたまだまだですね。」

という重要な助言をいただき、訪ねたのは、高山市中心部から南へ15分ほど歩いたところにある「喫茶ピーターパン」。
モーニングもパフェも丼物も、そして飛騨牛ステーキまで。あらゆるジャンルに対応する万能型の喫茶店です。
多くの飛騨人にとって子供時代の憧憬の的であった場所です。

そこで出されたカツ丼はこのようなものです。

■喫茶ピーターパンのカツ丼

まさに相似形のゆるさ。いったいこれはどういうことでしょう。

しかも、喫茶ピーターパンのカツ丼の特徴は、それだけではありませんでした。

食べ進んでいくと・・・

ごはんの層の下から、次なる層のカツ丼が出土。
たまにしか食べることができない「特上うな丼」と同じ構造、同じ高揚感が味わえます。

高山市の中心部を挟み、北と南にカツ丼の聖地がある。
北斗神拳と南斗聖拳みたいです。
と書くと世代が特定されちゃいますが、とにかく深すぎる飛騨高山カツ丼の世界。

■喫茶くりの木

続いてまた別の有識者から強く推薦されたのは、高山市中心部から北東へ車で15分ほど走ったところにある「喫茶くりの木」です。

行ってみるとそこには、空前絶後のカツ丼の変種がありました。

「カツびょうきライス」

そばめしの上にカツが乗り、さらにその上からカレーがかかるという驚異の構造。
そして、写真では縮尺が分かりづらいですが、巨大です。

びょうきって何?っていう質問を店のママさんにしたところ、「ひょうきんって書いたつもりだったんだが・・・・」と何だかよくわからない回答。

ところで、わが国には「デカ盛り食堂探訪者」という求道的な少数民族がいることをご存知でしょうか。
こうしたクラスタに所属する者たちは、日本津々浦々のデカ盛りの店を訪ねて回っています。
そしてこの「喫茶くりの木」は、まさにそうした求道者を全国から引きつける、一大観光スポットであるといえます。

飛騨高山のカツ丼に関して新たに判明したことは以上です。

今年もよろしくお願いいたします。

「ハラール飛騨牛」高山市内に初登場

こんにちは!田代です。

12月9日(日)、イスラム教の戒律に適合した処理を行った「ハラル飛騨牛」が、岐阜県内ではじめて、高山市のレストランで提供される、歴史的瞬間に立ち会いました!

2014年から活動を開始する、高山市の若手経営者や市職員でつくる「飛騨高山ムスリムフレンドリープロジェクト」。

観光などで市内を訪れるイスラム教徒(ムスリム)の要望を受け、4年前から、名古屋モスクの助言を受け、イスラムの戒律に沿う「ハラル」に対応したメニュー開発を進めてきました。

ハラルに反する食品の例として、「豚由来のもの」と「アルコール」があります。同プロジェクトは、アルコールを抜いた味噌や醤油、酢などを開発し、すでにハラル対応の高山ラーメン、鉄板焼などを提供してきました。

同時並行で、ハラル対応の飛騨牛を提供するため、イスラムの方式で牛を処理する流通経路を確保すべく尽力し、このたび、高山の古い町並みにある、上三之町のレストラン「味の与平」で、ハラル対応の「飛騨牛の鉄板焼き」を提供、12月9日に初お目見えとなりました。

この通り、味の与平にはムスリムのための礼拝室も準備されています。

 

ムスリムの多いインドネシア・マレーシア両国からの高山市内への宿泊客数は、昨年の高山市観光統計によると年間約2万人を超え、またその伸び率は年率40%という大きな伸びを示しています。高山の観光がますます多様性を増していくことを期待しています。

なおこの模様は、12月20日(木)18:15~、ぎふチャン「Station!」で放映されます!

【飛騨市・白川村】晩秋の天生県立自然公園を散策するガイドツアー

こんにちは! 田代です。

飛騨の秋は加速度的にすっかり深まり、紅葉のシーズンも終わりつつありますが、先日(10月中旬)、飛騨で最も早く紅葉を迎える天生(あもう)県立自然公園に行ってまいりました。その模様を、紅葉が終わらないうちに報告いたします。

岐阜県の最北に近い、白川村と飛騨市河合町の境にある天生峠は、一年の半分を雪に閉ざされる豪雪地帯で、泉鏡花の小説「高野聖」の舞台となっています。かつては飛騨古川や神岡と白川村をつなぐ道はこの峠のみで、白川村の人々は歩いて峠を越え町へ出ていました。先日私が読み終えました『下々の女』には、主人公ちなが真冬にこの峠を越えて故郷に帰る途中、峠の小屋で凍死体を発見するシーンが出てきます。

天生県立自然公園は、その天生峠を中心に、ブナ原生林、湿原帯、高山植物が広がる、雄大な自然を体感できる一帯で、年間約8,000人の方が登山やウォーキングに訪れます。広い公園なので、片道1時間程度の初心者コースから、丸一日かかるハードコースまでバリエーションがあります。

NPO法人飛騨市・白川郷自然案内人協会さんが「森と歩くガイドプラン」を提供しており、飛騨の自然を愛するガイド付きで森を歩くことができます

今回は、飛騨みんなの博覧会神岡まち歩きでもお世話になっているガイドの大田利正さんに連れて行っていただき、山道を2時間ほど散策(おっさんの徘徊ともいいます)してまいりました。さっそくその模様をお届けします。

毎年冬には約5m積もる雪の重みで、枝がたわんだまま木々が伸びます。

中には、重みでいったん枝が折れ、それでも再び伸び、結果的に枝が1回転している木もありました。

面白いのが植生の違い。この山道の右側が白川村、左側が飛騨市河合町。
右は針葉樹、左は広葉樹と見事に分かれています。

30分ほど進んでいくと、突如視界に湿原が現れます。

山中にぽっかりと空いた神秘的な空間。

湿原内への立ち入り禁止を促す看板。ロシア語までカバーしていますが、肝心の世界共通語がなぜか書いていない謎。

公園内には、クマがよく出没するとのこと。大田さんからは、「クマにとってはむしろ、人間がよく出没するなー、と思われています」とレクチャーを受け、クマと共生する知恵をご紹介。

①音を鳴らす缶

②電気柵

それでもクマはときどき、人間の造作物に恐ろしい爪あとを残します。
よく見るとクマの毛が木の繊維の間にたくさんついています。

クマの爪の跡。

そんなこんなで、大田さんの楽しいガイドによる約2時間ほどのツアーで、天生のウォーキング、晩秋の紅葉を楽しみました!

最後は飛騨市民のソウルフード「焼肉かをる」で、昼から焼肉を堪能し、解散いたしました。大田さんありがとうございました!

 

飛騨荘川「秋の新そばまつり」

こんにちは!田代です。
飛騨は朝晩めっきり冷え込むようになり、秋の訪れを感じます。

飛騨の秋のイベントや催しが、各地で行われております。私はあちこちに顔を出しているのですが、ブログを執筆する速度がぜんぜん追い付いていません。
このままですと、飛騨はあっという間に冬に突入し、このブログはといえば、雪の降りしきる真冬に秋のイベントを粛々とアップしつづけ、季節感を無視した記事を乱発することで何か大事なものを失う可能性があります。

そこで、なぜ自分はブログの執筆が追い付かないのか、という問題について再考してみましたところ、2つの要因で構成されていることが分かりました。それは

1.「秋はイベントが多い」

2.「シンクタンク職員なので、たとえブログでも「楽しかった」「おいしかった」だけでは許してもらえない、ちょっと気の利いた分析を添付しないといけない、という雰囲気を感じるが、しかし気の利いたことは何も思いつかない」

というものです。

まず前者について。これは、日本の稲作文化が私たちのDNAに刻みこんだ「春には豊作祈願、秋には収穫感謝」という強い動機に基づいて自然発生しているものであり、誰もコントロールすることはできません。

そして後者について。この暗黙の制約条件。これを解消する方法は、「気の利いたことを思いつかなくてもアップするしかない」という結論に至ったのです。

もしかするとこのブログの読者の中には、「ちょっと気の利いた分析」を期待している変な人がいるかもしれません。しかし申し訳ありませんが、このままでは気の利いた分析が出てくる前に、本当に冬になってしまうので、割り切って紹介していきます。


飛騨荘川「秋の新そばまつり」

荘川そばは、荘川の気候風土と清らかな庄川の源流から生まれた、味と香りが最高のそばです。荘川町内には4軒の荘川そばを扱っている店があり、店ごとにこだわりがあります。

その4軒が、各店1人前500円(ワンコイン)で、秋の新そばを提供。

3店舗以上でスタンプを押してもらうと豪華商品が当たる可能性があるというイベントです。

■各店のそば

(左上:手打ちそば処 蕎麦正  右上:そばの里荘川 心打亭
左下:里山茶屋 むろや    右下:道の駅桜の郷荘川 そば処おうか)

私がスタンプラリーに忠実に従い、全て食べ回ったことはいうまでもありません。(昨年に続き2年連続2回目)


山里に行くとそば屋が目立つ、というのは、誰もが気になるところですが、この荘川に限らず、飛騨にはそば屋が多い。調べてみると、ソバの生育に適した条件も冷涼な中山間地だそうで、水田のように大量の水を使わず、斜面などわずかな土地での栽培が可能なので、山間地での栽培により適しているそうです。

飛騨のそば祭りも、この荘川だけでなく、高根飛騨の里宮川種蔵など各地でも開かれるそうです。

では!

白川村の課題図書:江夏美好『下々の女』 読了

こんにちは!田代です。

白川村について、あるいは飛騨について深く語るときに、読んでおかねばならない課題図書があります。それは、江夏美好『下々の女』。1971年初版。上下二段組み、480ぺージにおよぶ長編大河小説です。私は数か月かかって最近ようやく読み終わりました。

発行されてからすでに半世紀が経過しようとしている作品ですが、この作品がテーマとしているものは、一言でいえば「郷愁のメカニズム」だと思います。今なお、私たちはそれを十分に解明していない。人にはなぜふるさとが必要なのか、あるいは、人はなぜふるさとに帰るのか。

こうした問いについて、白川村という、「ふるさとの原点」のような場所を始点と終点におき、飛騨全域をぐるりと一周する一人の女性の人生を通じて描き出した作品です。

江夏美好『下々の女』の物語

明治から昭和にかけての激動の時代を生きたひとりの女性、「ちな」の物語。

明治中期に白川村平瀬に生まれた森下ちなは、村の因習を嫌って高山に駆け落ちし、鉱夫である旦那に連れ添って、高根村(現高山市)を経て、神岡鉱山に移り住みます。山之村(同)で長く暮らし、第二次大戦や、子どもたちの戦死などの困難を乗り越えた末、初老で再び白川村に戻り、荻町の合掌造り集落に一軒家を構えます。子どもたちに支えられ、白川村に観光客の姿が見え始めた昭和37年、78歳で亡くなります。

物語のプロットは、白川村が起点・終点となり、飛騨全域をぐるっと1周して帰ってくる、典型的な「行きて帰りし物語」です。また、その一周の道のりは、農業(第一次産業)→鉱業(第二次産業)→サービス業(第三次産業)という飛騨の産業史ともパラレルな関係にあることも指摘しておかなければなりません。

人々の生活を遠目から観察し、感情を抑え描写を積み重ねていくスタイルは、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』の飛騨版のようです。
ハードボイルドといってもいいほど感情を抑制した文体でありながら、細密に描かれた村の行事や合掌造りの描写の行間に、強烈な情緒を垣間見せる。情緒を強く抑制することによって情緒を表現する。そんなウルトラC的な文体を可能にしているのは、異常な解像度で書き込まれる作者の執着のなせる技だと思います。それが480ページも続くわけですから読み進むのはなかなか大変です。

■文学としての『下々の女』

『下々の女』はすでに絶版となっていますが、岐阜大学副学長の林正子氏が本書を題材に、今の若い世代の地方離れにも関連づけて分析されておられます。web上で読めるものを2点紹介させていただきます。とても優れた分析だと思います。

①ぎふ人物記(毎日新聞)
岐阜大副学長・林正子さん(62)文学から「岐阜」考える/岐阜

②岐阜大学
「江夏美好『下々の女』における<大地の母>の文学化 : 飛弾白川郷の<底辺の女>の一生という題材と主題(人文科学)」

 

さて、私がこの本を読んで感じたことについて、順にメモしておきます。

■「結い」について
白川村の美しい風景とともに語られるキーワード「結い」。村人同士、困ったときに助け合う、相互扶助の仕組みのことを指しますが、今ではその仕組みより、助け合いを支える精神の美しさが強調されすぎている面があります。
『下々の女』(p.354)は、結いをどう表現しているでしょうか。


「白川村では、道普請などの公共労働の村人足のほかに、個人的に扶けあう労働がある。ゆーと呼ばれる手伝いであった。
田植えや屋根の葺きかえなど、他人数の労働力がほしいとき、相互にゆーに出る。これは無料の奉仕で、ゆーをしておけば、ゆーにきてもらえるのである。」


(下線は私が引きました)
この箇所の面白いところは、「結い」が美化されず淡々と描かれているところです。「ゆーをしておけば、ゆーにきてもらえる」とは、労働力を「貸し借り」する仕組みだと指摘しているのです。

■飛騨の人手不足と「結い」
『下々の女』の至るところに出てくるキーワードが、現代と同じ「人手不足」です。とりわけ白川村は、自給自足産業である農業をメインに置き、外貨を稼ぐ手段として養蚕や硝煙づくりを導入したり、家族を高山や神岡に出すことで調整(本書では主人公本人が高山や神岡に行きます)しつつ、村自体はつねにギリギリの人数でマネジメントされてきたということがわかります。
人手不足という社会課題は、人口減少によって急に降って沸いたものではなく、飛騨地方は昔から今に至るまで、ずっと労働力不足と戦い続けてきた歴史とともにある地域なのだということを再認識させられます。そういう意味で「結い」とは、人手不足に対処するために飛騨地域が生み出した合理的な解決方法だったといえます。

■飛騨の経済のしくみの変化
『下々の女』で描かれる明治時代の白川村は、ほぼ自給経済でした。養蚕を除けば、外貨を稼ぐ産業もありませんが、一方で外から買うものもありませんでした。
しかし、主人公が飛騨神岡の鉱山生活で生計を立てる時期は、飛騨にいわゆる「基盤産業」(域外産業)が導入された時期と重なります。産業自体、地域の外側にある需要(外需)を満たすために行われるものとなり、そして主人公も、地域の外から物を買うようになります。最終的に白川村の荻町に戻った主人公は、合掌造り集落を訪れる観光客が、無遠慮に畑に入り写真を撮る姿を憂います。
その一連の経路はあたかも、飛騨が閉鎖経済から開放経済へと転換していく道筋を一人称で示したものであり、飛騨の産業史としても読むことができます。

■この文章を書いている場所は
さて、私はこのブログを白川村平瀬にある「ゲストハウスたろえも」で書いています。白川村の伝統あるどぶろく祭りの先陣を切る「平瀬どぶろく祭り」の直後であり、私の頭の中も白く発酵しているのですが、なんとか平静を保ちつつ最後に書き記します。

『下々の女』の主人公は「森下ちな」。
そして、ここ「ゲストハウスたろえも」を管理するオーナーは森下さんといいます。

つまり、主人公の生家と、このゲストハウスの持ち主は直系でつながっているのです。これってすごくないですか!!!!

と、私はさっきからオーナーご本人に絡んでいるのですが、オーナーはあまり関心がないのかリアクションが薄いです(笑)。

白川村・平瀬八幡神社のどぶろく祭りに参加しました

こんにちは!田代です。

私が担当する飛騨「3市1村」。1村とはもちろん白川村であり、仕事の関係もあって、私は毎週のように白川村を訪れ、知識を吸収しております。

今回は、平瀬八幡神社の「どぶろく祭り」にやってまいりました!


■白川郷のどぶろく祭りとは

白川郷では毎年、9月の終わりから10月にかけて、五穀豊穰・家内安全・里の平和を山の神様に祈願し、獅子舞や民謡などの郷土芸能が奉納される「どぶろく祭」が盛大に行われます。
「どぶろく」は、米に米麹などを混ぜて作る、白く濁った日本酒のこと。
毎年1月になると村の酒蔵でどぶろくを造り、祭りの日に境内で振る舞います。旅行者も、その振る舞いに参加することが可能です。(白川郷観光協会HP「どぶろく祭」

1000年以上もの古い歴史を持つどぶろく祭りは村人にとって、なくてはならない行事です。大人と子どもが一緒になって、祭りの1カ月も前から準備を行う一大イベントなのです。

こちらが振る舞いのどぶろく。事前情報では「平瀬のどぶろくが一番辛いよ」と「でも今年はわりと甘いよ」という両方の情報がありましたが、純白のどぶろくがどんどん注がれる振舞い酒は本当に美味で、快楽に脳も発酵して溶けそうでした!


白川郷学園「キッズウィーク」の取り組み

白川村の特長である小中一貫教育校「白川郷学園」では、今年から「ふるさと白川郷ウィーク」として、どぶろく祭りに合わせ、祭りの期間中、学校を休業日とし、地域の一員としてふるさとを深く学ぶ週間としています。

この期間は、子どもがそれぞれの地区で行われる祭礼に積極的に参加するとともに、地域の歴史・文化・伝統を、村民学「ふるさと白川郷」の学習と関わらせながら、学ぶ機会としています。



白川村だけでなく飛騨全般に言えることですが、子ども世代への郷土教育が適切に行われたかどうかは、十数年後の地域の人口動態を大きく左右します。

子供の時に地元をよく知り、地元が好きになった子は、進学のためにいったん古郷を離れても、いつか地元に戻る、という人生の選択肢をキープし続けるでしょう。

でも、地元を知らずに育ってしまった子は、田舎に戻ってくる選択肢をいとも簡単に捨てることをためらわないでしょう。

そういう意味で、このような郷土教育の取り組みは、人口減少社会では特に重要になってくると思います。


■どぶろく祭りスケジュール
(毎年、日程は固定です。平日、土日は関係ありません。)

9月25-26日 平瀬八幡神社(←私が来たのはココ)
10月10日 木谷白山神社
10月14ー15日 荻町 白川八幡宮
10月16-17日 鳩谷八幡神社
10月18ー19日 飯島八幡神社

(豆知識)
村では、すべての地区のどぶろく祭りに参加する強者を「神主」と呼びます(笑)。めざせ神主!


■(最後に)どぶろく祭りに参加するには
旅行者でもどぶろく祭りの振る舞い酒に参加することができます。ただし、当たり前の話ですが、お酒を飲むことが前提ですので、バスなど公共交通機関を使うか、旅館・民宿などを事前に予約して行かれることをお勧めします。