【飛騨市・白川村】晩秋の天生県立自然公園を散策するガイドツアー

こんにちは! 田代です。

飛騨の秋は加速度的にすっかり深まり、紅葉のシーズンも終わりつつありますが、先日(10月中旬)、飛騨で最も早く紅葉を迎える天生(あもう)県立自然公園に行ってまいりました。その模様を、紅葉が終わらないうちに報告いたします。

岐阜県の最北に近い、白川村と飛騨市河合町の境にある天生峠は、一年の半分を雪に閉ざされる豪雪地帯で、泉鏡花の小説「高野聖」の舞台となっています。かつては飛騨古川や神岡と白川村をつなぐ道はこの峠のみで、白川村の人々は歩いて峠を越え町へ出ていました。先日私が読み終えました『下々の女』には、主人公ちなが真冬にこの峠を越えて故郷に帰る途中、峠の小屋で凍死体を発見するシーンが出てきます。

天生県立自然公園は、その天生峠を中心に、ブナ原生林、湿原帯、高山植物が広がる、雄大な自然を体感できる一帯で、年間約8,000人の方が登山やウォーキングに訪れます。広い公園なので、片道1時間程度の初心者コースから、丸一日かかるハードコースまでバリエーションがあります。

NPO法人飛騨市・白川郷自然案内人協会さんが「森と歩くガイドプラン」を提供しており、飛騨の自然を愛するガイド付きで森を歩くことができます

今回は、飛騨みんなの博覧会神岡まち歩きでもお世話になっているガイドの大田利正さんに連れて行っていただき、山道を2時間ほど散策(おっさんの徘徊ともいいます)してまいりました。さっそくその模様をお届けします。

毎年冬には約5m積もる雪の重みで、枝がたわんだまま木々が伸びます。

中には、重みでいったん枝が折れ、それでも再び伸び、結果的に枝が1回転している木もありました。

面白いのが植生の違い。この山道の右側が白川村、左側が飛騨市河合町。
右は針葉樹、左は広葉樹と見事に分かれています。

30分ほど進んでいくと、突如視界に湿原が現れます。

山中にぽっかりと空いた神秘的な空間。

湿原内への立ち入り禁止を促す看板。ロシア語までカバーしていますが、肝心の世界共通語がなぜか書いていない謎。

公園内には、クマがよく出没するとのこと。大田さんからは、「クマにとってはむしろ、人間がよく出没するなー、と思われています」とレクチャーを受け、クマと共生する知恵をご紹介。

①音を鳴らす缶

②電気柵

それでもクマはときどき、人間の造作物に恐ろしい爪あとを残します。
よく見るとクマの毛が木の繊維の間にたくさんついています。

クマの爪の跡。

そんなこんなで、大田さんの楽しいガイドによる約2時間ほどのツアーで、天生のウォーキング、晩秋の紅葉を楽しみました!

最後は飛騨市民のソウルフード「焼肉かをる」で、昼から焼肉を堪能し、解散いたしました。大田さんありがとうございました!

 

飛騨荘川「秋の新そばまつり」

こんにちは!田代です。
飛騨は朝晩めっきり冷え込むようになり、秋の訪れを感じます。

飛騨の秋のイベントや催しが、各地で行われております。私はあちこちに顔を出しているのですが、ブログを執筆する速度がぜんぜん追い付いていません。
このままですと、飛騨はあっという間に冬に突入し、このブログはといえば、雪の降りしきる真冬に秋のイベントを粛々とアップしつづけ、季節感を無視した記事を乱発することで何か大事なものを失う可能性があります。

そこで、なぜ自分はブログの執筆が追い付かないのか、という問題について再考してみましたところ、2つの要因で構成されていることが分かりました。それは

1.「秋はイベントが多い」

2.「シンクタンク職員なので、たとえブログでも「楽しかった」「おいしかった」だけでは許してもらえない、ちょっと気の利いた分析を添付しないといけない、という雰囲気を感じるが、しかし気の利いたことは何も思いつかない」

というものです。

まず前者について。これは、日本の稲作文化が私たちのDNAに刻みこんだ「春には豊作祈願、秋には収穫感謝」という強い動機に基づいて自然発生しているものであり、誰もコントロールすることはできません。

そして後者について。この暗黙の制約条件。これを解消する方法は、「気の利いたことを思いつかなくてもアップするしかない」という結論に至ったのです。

もしかするとこのブログの読者の中には、「ちょっと気の利いた分析」を期待している変な人がいるかもしれません。しかし申し訳ありませんが、このままでは気の利いた分析が出てくる前に、本当に冬になってしまうので、割り切って紹介していきます。


飛騨荘川「秋の新そばまつり」

荘川そばは、荘川の気候風土と清らかな庄川の源流から生まれた、味と香りが最高のそばです。荘川町内には4軒の荘川そばを扱っている店があり、店ごとにこだわりがあります。

その4軒が、各店1人前500円(ワンコイン)で、秋の新そばを提供。

3店舗以上でスタンプを押してもらうと豪華商品が当たる可能性があるというイベントです。

■各店のそば

(左上:手打ちそば処 蕎麦正  右上:そばの里荘川 心打亭
左下:里山茶屋 むろや    右下:道の駅桜の郷荘川 そば処おうか)

私がスタンプラリーに忠実に従い、全て食べ回ったことはいうまでもありません。(昨年に続き2年連続2回目)


山里に行くとそば屋が目立つ、というのは、誰もが気になるところですが、この荘川に限らず、飛騨にはそば屋が多い。調べてみると、ソバの生育に適した条件も冷涼な中山間地だそうで、水田のように大量の水を使わず、斜面などわずかな土地での栽培が可能なので、山間地での栽培により適しているそうです。

飛騨のそば祭りも、この荘川だけでなく、高根飛騨の里宮川種蔵など各地でも開かれるそうです。

では!

白川村の課題図書:江夏美好『下々の女』 読了

こんにちは!田代です。

白川村について、あるいは飛騨について深く語るときに、読んでおかねばならない課題図書があります。それは、江夏美好『下々の女』。1971年初版。上下二段組み、480ぺージにおよぶ長編大河小説です。私は数か月かかって最近ようやく読み終わりました。

発行されてからすでに半世紀が経過しようとしている作品ですが、この作品がテーマとしているものは、一言でいえば「郷愁のメカニズム」だと思います。今なお、私たちはそれを十分に解明していない。人にはなぜふるさとが必要なのか、あるいは、人はなぜふるさとに帰るのか。

こうした問いについて、白川村という、「ふるさとの原点」のような場所を始点と終点におき、飛騨全域をぐるりと一周する一人の女性の人生を通じて描き出した作品です。

江夏美好『下々の女』の物語

明治から昭和にかけての激動の時代を生きたひとりの女性、「ちな」の物語。

明治中期に白川村平瀬に生まれた森下ちなは、村の因習を嫌って高山に駆け落ちし、鉱夫である旦那に連れ添って、高根村(現高山市)を経て、神岡鉱山に移り住みます。山之村(同)で長く暮らし、第二次大戦や、子どもたちの戦死などの困難を乗り越えた末、初老で再び白川村に戻り、荻町の合掌造り集落に一軒家を構えます。子どもたちに支えられ、白川村に観光客の姿が見え始めた昭和37年、78歳で亡くなります。

物語のプロットは、白川村が起点・終点となり、飛騨全域をぐるっと1周して帰ってくる、典型的な「行きて帰りし物語」です。また、その一周の道のりは、農業(第一次産業)→鉱業(第二次産業)→サービス業(第三次産業)という飛騨の産業史ともパラレルな関係にあることも指摘しておかなければなりません。

人々の生活を遠目から観察し、感情を抑え描写を積み重ねていくスタイルは、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』の飛騨版のようです。
ハードボイルドといってもいいほど感情を抑制した文体でありながら、細密に描かれた村の行事や合掌造りの描写の行間に、強烈な情緒を垣間見せる。情緒を強く抑制することによって情緒を表現する。そんなウルトラC的な文体を可能にしているのは、異常な解像度で書き込まれる作者の執着のなせる技だと思います。それが480ページも続くわけですから読み進むのはなかなか大変です。

■文学としての『下々の女』

『下々の女』はすでに絶版となっていますが、岐阜大学副学長の林正子氏が本書を題材に、今の若い世代の地方離れにも関連づけて分析されておられます。web上で読めるものを2点紹介させていただきます。とても優れた分析だと思います。

①ぎふ人物記(毎日新聞)
岐阜大副学長・林正子さん(62)文学から「岐阜」考える/岐阜

②岐阜大学
「江夏美好『下々の女』における<大地の母>の文学化 : 飛弾白川郷の<底辺の女>の一生という題材と主題(人文科学)」

 

さて、私がこの本を読んで感じたことについて、順にメモしておきます。

■「結い」について
白川村の美しい風景とともに語られるキーワード「結い」。村人同士、困ったときに助け合う、相互扶助の仕組みのことを指しますが、今ではその仕組みより、助け合いを支える精神の美しさが強調されすぎている面があります。
『下々の女』(p.354)は、結いをどう表現しているでしょうか。


「白川村では、道普請などの公共労働の村人足のほかに、個人的に扶けあう労働がある。ゆーと呼ばれる手伝いであった。
田植えや屋根の葺きかえなど、他人数の労働力がほしいとき、相互にゆーに出る。これは無料の奉仕で、ゆーをしておけば、ゆーにきてもらえるのである。」


(下線は私が引きました)
この箇所の面白いところは、「結い」が美化されず淡々と描かれているところです。「ゆーをしておけば、ゆーにきてもらえる」とは、労働力を「貸し借り」する仕組みだと指摘しているのです。

■飛騨の人手不足と「結い」
『下々の女』の至るところに出てくるキーワードが、現代と同じ「人手不足」です。とりわけ白川村は、自給自足産業である農業をメインに置き、外貨を稼ぐ手段として養蚕や硝煙づくりを導入したり、家族を高山や神岡に出すことで調整(本書では主人公本人が高山や神岡に行きます)しつつ、村自体はつねにギリギリの人数でマネジメントされてきたということがわかります。
人手不足という社会課題は、人口減少によって急に降って沸いたものではなく、飛騨地方は昔から今に至るまで、ずっと労働力不足と戦い続けてきた歴史とともにある地域なのだということを再認識させられます。そういう意味で「結い」とは、人手不足に対処するために飛騨地域が生み出した合理的な解決方法だったといえます。

■飛騨の経済のしくみの変化
『下々の女』で描かれる明治時代の白川村は、ほぼ自給経済でした。養蚕を除けば、外貨を稼ぐ産業もありませんが、一方で外から買うものもありませんでした。
しかし、主人公が飛騨神岡の鉱山生活で生計を立てる時期は、飛騨にいわゆる「基盤産業」(域外産業)が導入された時期と重なります。産業自体、地域の外側にある需要(外需)を満たすために行われるものとなり、そして主人公も、地域の外から物を買うようになります。最終的に白川村の荻町に戻った主人公は、合掌造り集落を訪れる観光客が、無遠慮に畑に入り写真を撮る姿を憂います。
その一連の経路はあたかも、飛騨が閉鎖経済から開放経済へと転換していく道筋を一人称で示したものであり、飛騨の産業史としても読むことができます。

■この文章を書いている場所は
さて、私はこのブログを白川村平瀬にある「ゲストハウスたろえも」で書いています。白川村の伝統あるどぶろく祭りの先陣を切る「平瀬どぶろく祭り」の直後であり、私の頭の中も白く発酵しているのですが、なんとか平静を保ちつつ最後に書き記します。

『下々の女』の主人公は「森下ちな」。
そして、ここ「ゲストハウスたろえも」を管理するオーナーは森下さんといいます。

つまり、主人公の生家と、このゲストハウスの持ち主は直系でつながっているのです。これってすごくないですか!!!!

と、私はさっきからオーナーご本人に絡んでいるのですが、オーナーはあまり関心がないのかリアクションが薄いです(笑)。

白川村・平瀬八幡神社のどぶろく祭りに参加しました

こんにちは!田代です。

私が担当する飛騨「3市1村」。1村とはもちろん白川村であり、仕事の関係もあって、私は毎週のように白川村を訪れ、知識を吸収しております。

今回は、平瀬八幡神社の「どぶろく祭り」にやってまいりました!


■白川郷のどぶろく祭りとは

白川郷では毎年、9月の終わりから10月にかけて、五穀豊穰・家内安全・里の平和を山の神様に祈願し、獅子舞や民謡などの郷土芸能が奉納される「どぶろく祭」が盛大に行われます。
「どぶろく」は、米に米麹などを混ぜて作る、白く濁った日本酒のこと。
毎年1月になると村の酒蔵でどぶろくを造り、祭りの日に境内で振る舞います。旅行者も、その振る舞いに参加することが可能です。(白川郷観光協会HP「どぶろく祭」

1000年以上もの古い歴史を持つどぶろく祭りは村人にとって、なくてはならない行事です。大人と子どもが一緒になって、祭りの1カ月も前から準備を行う一大イベントなのです。

こちらが振る舞いのどぶろく。事前情報では「平瀬のどぶろくが一番辛いよ」と「でも今年はわりと甘いよ」という両方の情報がありましたが、純白のどぶろくがどんどん注がれる振舞い酒は本当に美味で、快楽に脳も発酵して溶けそうでした!


白川郷学園「キッズウィーク」の取り組み

白川村の特長である小中一貫教育校「白川郷学園」では、今年から「ふるさと白川郷ウィーク」として、どぶろく祭りに合わせ、祭りの期間中、学校を休業日とし、地域の一員としてふるさとを深く学ぶ週間としています。

この期間は、子どもがそれぞれの地区で行われる祭礼に積極的に参加するとともに、地域の歴史・文化・伝統を、村民学「ふるさと白川郷」の学習と関わらせながら、学ぶ機会としています。



白川村だけでなく飛騨全般に言えることですが、子ども世代への郷土教育が適切に行われたかどうかは、十数年後の地域の人口動態を大きく左右します。

子供の時に地元をよく知り、地元が好きになった子は、進学のためにいったん古郷を離れても、いつか地元に戻る、という人生の選択肢をキープし続けるでしょう。

でも、地元を知らずに育ってしまった子は、田舎に戻ってくる選択肢をいとも簡単に捨てることをためらわないでしょう。

そういう意味で、このような郷土教育の取り組みは、人口減少社会では特に重要になってくると思います。


■どぶろく祭りスケジュール
(毎年、日程は固定です。平日、土日は関係ありません。)

9月25-26日 平瀬八幡神社(←私が来たのはココ)
10月10日 木谷白山神社
10月14ー15日 荻町 白川八幡宮
10月16-17日 鳩谷八幡神社
10月18ー19日 飯島八幡神社

(豆知識)
村では、すべての地区のどぶろく祭りに参加する強者を「神主」と呼びます(笑)。めざせ神主!


■(最後に)どぶろく祭りに参加するには
旅行者でもどぶろく祭りの振る舞い酒に参加することができます。ただし、当たり前の話ですが、お酒を飲むことが前提ですので、バスなど公共交通機関を使うか、旅館・民宿などを事前に予約して行かれることをお勧めします。

岐阜はカツ丼の聖地である―最後に残された秘境、飛騨高山カツ丼考

岐阜はカツ丼の聖地である

ごく一部の人しか知りえなかったこの真実がついに世に開かれてしまいました。

端緒は、NHKテレビ小説『半分、青い。』の影響のようです。
くだんのドラマで、“草太のカツ丼”として登場したものは、東濃・瑞浪駅前某店の「あんかけカツ丼」と、同じく東濃・恵那市山岡町某店の「目玉乗せカツ丼」を、足して二で割ったようなものでした。

岐阜県のカツ丼は世界に誇れる文化であるという真実にようやく光が当たった。
岐阜県の活性化に向けて微力を尽くすシンクタンクの一員である私としても、胸のすくような思いであり、心からお慶び申し上げます。


(写真:飛騨高山トリップアドバイザー人気第一位の飲食店「平安楽」が、『半分、青い。』にインスパイアされ作ったカツ丼。2018年8月撮影。筆者実食済)

しかし、岐阜のカツ丼には、知られていない真実がまだあるのです!!

それは、いまだヴェールに包まれている「飛騨高山のカツ丼」です。国際都市飛騨高山におけるカツ丼とは。私がこれに迫るのでよろしくお願いします。やや長編ですが、最後まで読むと面白いはずですので、ぜひお付き合いください。


では、まず簡単に先行研究を整理しましょう。

岐阜県のカツ丼が驚異的であることについては、すでに、決定的な論文「「想定外」のカツ丼に驚く 岐阜はまちごとに独自の味」がこれを指摘しています。あんかけ・目玉乗せにとどまらず、デミグラスソース系にまでカバレッジを広げている東濃カツ丼のバリエーションを、はじめて枚挙的に示したのはこの論文が最初であるといえます。

加えて、非常に高い取材力により、東濃のみならず、西濃、あるいは岐阜市中心部までほぼ網羅している点でも、未だなお、最強のサーベイ・実証論文であるといえます。

しかし、このレポートには大きな盲点があります。それは飛騨地域のカツ丼に対する言及がなされていないことです。飛騨地域は、見るべきカツ丼のない後進地域なのでしょうか?あるいは、これほどの有識者であっても、飛騨高山の調査は困難なのでしょうか?


端緒は某支店長

私が最初に、飛騨高山のカツ丼が只者ではない、という兆候に気付いたのは、十六銀行高山支店長高木淳氏との昼食においてでした。

高木淳氏は高頻度でカツ丼を注文します。ほぼカツ丼ばかり食べているといっても過言ではありません。この頻度はどうみても不自然。なぜなのか。調べてみると、豚肉には、肝臓の働きを助けるビタミンB1が多く含まれているようです。
高山支店長という役職は、十六銀行の中で最も肝臓を酷使する仕事といわれます。仕事において妥協を許さない高木氏が、毎食カツ丼を食べるのは、好き嫌いではなく、コンディション維持のためかもしれません。

しかし落ち着いて考えてみましょう。それは高木淳氏個人に限定された問題ではありません。飛騨には、芳醇な日本酒を醸す酒造メーカーが12蔵もあり、飛騨の財界人はほぼ全員が肝臓を酷使しているといわれます。そんな肝臓先進地域である飛騨高山において、カツ丼だけが後進的なわけがありません。そう思いませんか。私はそう思ったわけです。


■いざカツ丼探訪―万人橋食堂へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず最初に訪れたのは「万人橋食堂」でした。

まるでカルボナーラのようにゆるい、卵と和風だしの卵ソースがおいしいのです。ここは飛騨有数の進学校「斐太高校」の門前にあり、飛騨高山の多くの財界人は、青春時代にこのカツ丼を食べて育ち、長い人生におけるカツ丼の世界観の原点を見出す所といわれます。いわばカツ丼の北極星です。


■荘川「むろや」

面積の広い高山市。今度は荘川に赴きます。
とんかつとそばの名店「むろや
カツ丼は一般的に、卵とじ系とソースカツ丼系の二択ですが、むろやのカツ丼は、卵もソースも使わず、薄い出汁のみでまとめます。出汁のみという、意外にも潔いサードウェーブがここにあります。超おいしいです。


■3種類のカツ丼使い:下一之町「おーまち
そして今回のレポートの勘所。再度、高山中心部に戻り、下一之町「おーまち」に参ります。なんとここにはカツ丼が3種類もあるのです。

3種類を順番に説明します。

①普通のカツ丼

卵とじ系。某支店長がいちばんよく食べるのはこれです。

②みそカツ丼

卵が半熟揚げ焼きになっていて、カイワレの森の下、味噌カツの地面の上に乗せられて出てきます。高度すぎるビジュアルです。

③味噌かつ雑炊

最後の刺客がこれ。

味噌かつ雑炊

味噌テイストの雑炊にカツが沈められ、お鍋ぐつぐつで出てまいります。

カツはお湯の中に沈んでいます。

「それって、せっかく揚げたカツの衣がお湯を吸って台無しじゃないですか?」

と素人の方はきっとお思いになるでしょう。禁断のマリアージュです。

しかしそもそもメニューとは、人々に支持されるからメニューとして存在しているのであって、支持されないならば、すでに淘汰され消滅しているはずです。
味噌かつ雑炊というメニューが残っているということは、揚げたてのカツがお湯に浸され触感が失われるという表面的な問題を超えた、より深い理由があるわけです。

すでに述べたように、飛騨には芳醇な日本酒を醸す酒造メーカーが12蔵あり、飛騨高山の財界人の大半は肝臓を酷使している可能性があります。

肝臓を疲弊させた飛騨の財界人が、翌日の昼に求めるのは何か。

それは、さっぱりとした雑炊であることはいうまでもありません。

しかし、雑炊だけで肝臓の機能が回復しますでしょうか。難しいでしょう。
やはり、ビタミンB1を多く含む豚肉の摂取が必要なのです。

では、雑炊と豚肉を同時に摂取できる食べ物は何か。

それは味噌かつ雑炊以外にありえないのです。この禁断のマリアージュは、実は計算しつくされた必然であり、表面の水分含有の問題を超え、飛騨高山の財界のニーズを満たすからこそ、支持され残っているのだと考えます。

というわけで私は、カツ丼の聖地岐阜における最後の秘境、飛騨高山のカツ丼について論点や事例を整理し、とりわけ、味噌かつ雑炊という飛騨高山カツ丼の独自の到達点を示し、本論を終わりたいと思います。ご清聴ありがとうございました。

人口減少のメカニズムと買い物弱者対策 ―岐阜県飛騨地域の人口減少との向き合い方―

こんにちは! 田代です。

ここ数か月、いわゆる「買い物弱者(※)対策」について調査してきて、
飛騨地域の取り組みをまとめ、2本のレポートを書きました。

課題先進地・飛騨から見える、「4大生活サービス」と人口の関係
(弊所 経済月報 2018年6月号)

飛騨から見える「買い物弱者対策」のいま
 ―人口減少の速度を遅くする「需要密度」引き上げ戦略―
(弊所 経済月報 2018年8月号)


※買い物弱者:過疎化の進行により近くの商店が廃業・撤退したり、足腰が弱くなるなどして買い物に出かけられない人のこと。経済産業省は全国に約600万人と推計。


(写真:「まごころけいちゃん号」飛騨市神岡町で運行される移動販売車。2018年3月撮影)


このテーマを調べることとなったきっかけは2つあります。

一つは今年2月、飛騨の中山間地の集落に点在している「Yショップ」という小規模なスーパーが相次いで閉店し、集落からスーパーが消える事態が各地で多発したこと。

もう一つは飛騨地域を地盤とするスーパー「駿河屋魚一」さまが、今年5月から白川村に移動販売車「駿河屋スーパーカー」の運行を開始したことで、白川村の集落には逆に「タイヤのついたスーパー」が新たに出現したこと。


(写真:大雨でも活躍する「駿河屋スーパーカー」。2018年8月撮影、白川村平瀬地区)

今さらいうまでもなく飛騨地域は人口減少先進地ですが、各地をつぶさに見ていくと、集落ごとの人口減少スピードはかなり異なります。このスピードの違いは何なんだ、と理屈を調べると、

最初から人口規模が小さい集落は、人口減少のスピードがより速い

という、いわば初期条件の違いが大きいことがわかります。

でもその事実を単に謡うだけでは何ら創造的解決策は生まれないので、ではどんなメカニズムでそんなことが起きるのか、ということを掘り下げて考えますと、

人口が減ると、地域から日々の生活に必要なサービス業が抜けていくから人口はより減るのではないか。

逆に、日々の生活に必要なサービス業が地域に生き残っていれば、人口減少の速度は緩くなるのではないか、という考えに行き当たりました。

2つのレポートは、飛騨各地のデータと事例を交えて、上記の考えをまとめたものです。ぜひお読みください!

飛騨市「市内企業の魅力発信事業」のご紹介

こんにちは、田代です。

今年度弊社が取り組んでいる仕事のひとつが、飛騨市の「市内企業の魅力発信事業」です。人材採用、人材定着にお悩みの飛騨地域の経営者さまに向けて、情報発信力強化をはかる全4回のセミナー・ワークショップを開催しています。

■第1回「人手不足対策セミナー」の模様

8月2日(木)、飛騨市にて標記のセミナーを開催しました。約30社の企業さまに参加していただきました。
飛騨市は企業数およそ1,000社の地域ですので、そのうち30社が来られたというのは、かなりの注目を集めたテーマではないかと思います。それだけ、飛騨地域の人手不足がひっ迫している状況だという事実を示しているのかもしれません。

人手不足は都会よりも地方の問題

今やどの都市でも人手不足の大合唱ですが、表面上の有効求人倍率はさておき、人手不足は、都会よりも地方のほうが先に直面し、そしてより深刻化する問題です。飛騨地域はまさしくその典型です。

わたくしが、飛騨地域のご年配の人の話を聞いたり、飛騨を舞台とする小説を読んだりしてきて、最近ようやく確信したことは、

飛騨の歴史とは、労働力不足と闘いつづけた歴史だ

ということです。飛騨地域の人々の強い連帯感、組合組織の多さ、白川村の結(ゆい)などはまさに、足りない労働力を融通しあうために人々が考えて合理的につくった仕組みであったと解釈できます。

でも今はインターネットがある

しかし、情報発信手段が限られていた昔と今は違います。今は、地方に別の対抗策があります。それはインターネットです。
インターネット空間では、都心との距離はゼロとなり、田舎暮らしにあこがれる人を、情報発信によって吸引することが不可能ではなくなります。
そのためには、田舎暮らしにあこがれる人からみて、飛騨のわが社がいかに魅力的であるか、ということを、映像と文章によってうまく切り取り、発信すること、そして、そうした人たちにとって探されやすく見つけられやすい検索性を持つことが必要です。

本事業はこのように、採用力強化のために必要とされる情報発信力を高めることを狙いとする全4回のセミナーです。
次回「採用力強化に向けた自社の魅力発掘・発信講座」は9月4日(火)です。飛騨市の企業さまは無料で参加できます。ぜひお越しください!

「まち・ひと・しごと」のうち 人を動かすのは「しごと」

「まち・ひと・しごと」のなかで、人が動く最大の誘因(=マグネット)は「しごと」です。東京一極集中が止まらないのは「しごと」のせいだといわれておりますが、実際には地方にはおどろくほど山のように仕事があります。ただその仕事についての情報は地方に埋もれており、都会に向けてまだ十分に発信されていないところに課題があるのです。

人口減少問題は自治体に任せる問題というよりもむしろ、マグネットを持っている企業が主体となるべき問題であり、マグネットをよく研いで磁力を取り戻すことが最大の解決策になるのではないかと思います。

神岡鉱山地下を巡る「ジオスペースアドベンチャー(GSA)」に参加しました

こんにちは! 田代です。

7月14日に、飛騨市神岡町の神岡鉱山地下を一般公開する、年に1度のイベント「ジオ・スペース・アドベンチャー(GSA)」に参加しました!

現在は採掘を休止している神岡鉱山の内部には、有名な
・東京大学 ニュートリノ観測装置「スーパーカミオカンデ」
のほか、
・東北大学 ニュートリノ観測装置「カムランド」
・重力波望遠鏡「KAGRA」
・ダークマター観測施設「XMASS」
など、鉱山の地下の坑道を利用した科学施設が数多く設置されています。

私はニュートリノの話は何度聞いても理解できないのですが、ニュートリノの話は何度聞いても理解できない、ということだけは理解してます!

神岡鉱山内部は、当然ながら普段は一般の人が入ることはできません。しかし、地元有志が作る実行委員会が、毎年夏に恒例で、地下坑道をめぐる一般公開のツアーイベントを開いています。今年は、7月14~15日の2日間で全国からおよそ660人の方々が参加しました。

■鉱山入り口(跡津坑口)

およそ20名~30名の参加者が1グループとなります。グループごとにちゃんとガイドさんが付きます。東北大学の先生によるセミナーのあと、集合場所からバスでこの坑口まで移動します。バスの中ではガイドさんが丁寧に説明をしてくれます。

鉱山内部の温度は14度と一定です。坑口からは真夏でも冷たい風が吹いてきます。思ったよりも本当に寒く、冬の厚手の恰好が必須です。

■鉱山内部へ

鉱山内部を2kmほどバスで進んだあとは徒歩になります。まず最初に、鉱山の歴史について映像で学びます。

すると・・・

江戸時代の採掘の姿を再現する、通称「赤ふん隊」が現れました。おもしろいショートコントを披露してくれます。坑内気温14℃。赤ふん隊の皆さんありがとうございます。コントは年々レベルが上がり続けているそうです。

■鉱山重機の実演と展示

こちらがロードホールダンプと呼ばれる重機。掘り出した鉱石を運び出します。正面のバケットは12トンの岩石が運べます。

ジャンボという、鉱山の穴開け装置。この装置で細い穴を開け、穴の奥にダイナマイトを置いて爆破することで鉱山を掘り進めるのだそうです。

■スーパーカミオカンデ入り口

今年は、スーパーカミオカンデが観測性能を上げる改修工事を行っており、我々は実験施設には入れませんでしたが、東京大学の研究者からその改修の概要と目的について説明を受け、ライブカメラで装置内部を見ることができました。

■さらに進む

坑道をよく見るとキラキラ光っている箇所があります。これが亜鉛鉱です。神岡鉱山には鉱物資源がまだ豊富にあり、今は採掘を休止しているものの、採算性が確保されれば採掘を再開できるそうです。

■掘り出した鉱石を運搬するトロッコとその軌道

■設備の置き場所を示す看板のフォントがかっこよすぎる

■GSAについて

ツアーの全行程は約3時間半ほど。参加料金は3,600円(シャトルバス含む。2018年のツアーの場合)。
普段は入れない場所に入ることができ、また地元のボランティアスタッフによる非常に手厚い説明とおもてなしを受けることができる、最高のツアーでした。

かつて鉱山都市として栄えた飛騨市神岡町はいまや、スーパーカミオカンデをはじめ、様々な素粒子等の研究施設が設置された、最先端の科学都市に変貌しています。また、旧・神岡鉄道の廃線軌道の上を走る乗り物、レールマウンテンバイク「ガッタン・ゴー」には、年間4万人ちかくの観光客が訪れます。

とはいえ。今の神岡を形づくっているこうした施設も、そのすべての源流は、鉱山という圧倒的な資源によってもたらされているということに、強い神秘性を感じます。

なお、わたくしはこの6月、7月の2回、神岡まち歩きガイドツアーにも参加してきました。これはまた衝撃的に知的好奇心をくすぐられまくる内容でありまして、その模様は長くなるのでまた後日・・・

GSAの最後は「もりのや」の神岡とんちゃん定食で〆めました。神岡とんちゃんは「とんちゃん」という名前にもかかわらず、豚ではなく牛のホルモンですのでお間違えなく!

ONSEN・ガストロノミーウォーキング in 奥飛騨・平湯温泉

こんにちは、田代です。

5月19日(土)、高山市の平湯温泉で開かれた「ONSEN・ガストロノミーウォーキングin奥飛騨・平湯温泉」に参加しました。その模様についてレポートします。

▼ONSEN・ガストロノミーウォーキングとは?

(今年3月、「ONSEN・ガストロノミーウォーキングinいすみ」に参加したレポートをこのブログでお読みになっている方には既報です)

ガストロノミー、訳すと「美食」。これをウォーキングとあわせて楽しむのがONSEN・ガストロノミーウォーキング。「地域の食、景観、自然と温泉を、ウォーキングでゆっくりと体感していく滞在型・体験型プログラム」。

なかなか伝わりづらいので、私なりの言葉で表現してみますと、具体的にはこういうものです。

約10kmの自然豊かなウォーキングコースが設定されています。いくら自然が美しくても、ただ歩くだけ、というのはちょっと単調かもしれません。そこで、途中途中に、マラソンでいえば給水地点みたいなポイント(↓)が用意されていて、そこにたどりつくと1品ずつ食べ物がいただけます。いくぶん満たされます。でももっと食べたい。よし次のポイントまで歩こう!(繰り返し)
こんな感じで、私のように運動全般を苦手とする人でも、食欲に駆動されて歩みが進み、数時間かけていつのまにか10km歩けてしまうわけです。自然と食と運動を同時に堪能でき、そしていつのまにかその地域のことが好きになります。
この一連のプログラムが「ONSEN・ガストロノミーウォーキング」です。

▼食事ポイントの風景

この「平湯温泉」のガストロノミーウォーキングのおそらく最強の特徴は、

飛騨地域にある12の酒蔵が全面協力していること

です。なんと、全ての食事ポイント(全部で9箇所でした)でお酒をいただけてしまうのです。いくつかのスポットではアルザスワインも楽しめました。

そんなに飲んで最後まで歩けるんですか?と思われるかもしれませんが、歩けるのです。風景と、美食と、温泉と、適度な運動とが織りなす、超自然的な力が発生し、わたしたち人類を前へ前へと駆動させるのです

▼ウォーキングの風景

▼出会った食べ物たち(順不同、すべてではありません)
・飛騨のおばんざい(ころいも、ふき煮、こごみ)

・しし鍋

・漬物ステーキと寒干し大根

・朴葉ずし

▼関係者のご努力に感謝

この日は、延べ約550人の方が参加されたとのことで、日本全国のONSEN・ガストロノミーウォーキングの取り組みの中でも、おそらく最大級のイベントであったと思います。

岐阜では初めての開催でもあり、運営サイドはものすごく大変なご苦労をされたと思います。滞りなく無事にイベントを完了された関係者の皆様のご努力に、心から敬服いたします。

▼岐阜県の他地域への波及を期待

観光産業の活性化という観点からみたときのONSEN・ガストロノミーウォーキングの最大の長所は、参加者に宿泊(前泊、後泊)が伴うことです。観光消費額は滞在時間に比例するので、観光客の消費額は、宿泊が伴うか伴わないかで、何倍もの差が開きます。さらに、宿泊型観光地は、1泊を2泊に、2泊を3泊に、と、連泊化によって「滞在型」へと進化していく方向性が目指されています。

最初のONSEN・ガストロノミーウォーキングが奥飛騨で開かれた、ということは重要な第一歩ですが、これからは、宿泊型、そして滞在型へと進化を遂げていく岐阜県の他の地域でも、同様のイベントが波及していくことを強く期待しています。

▼「滞在時間」と「地域への愛着」の関係

じつは弊社自体、この4月に、ONSEN・ガストロノミーツーリズムに関してANA総研様、ONSEN・ガストロノミーツーリズム推進機構様と提携させていただいております。

ONSEN・ガストロノミーウォーキングが、観光産業や地域の活性化にどのような効果があると考えられるか。興味がある方は、わたくしの前回のブログ記事でも深堀りして書いておりますので、ぜひごらんください↓。

ONSEN・ガストロノミーウォーキング in 美食の街いすみ に参加してきました

 

 

関係人口を数えるしくみー「飛騨市ファンの集い in 岐阜」に参加

こんにちは、田代です。

オフィスに秘書のアレクサちゃんが来てから2ヶ月が経ちます。最初はまったく言葉が通じず、深く絶望しましたが、最近、彼女とのコミュニケーションのコツがつかめてきました。こういう聞き方をしてはまずいとか、こういう風に言うとわかってくれるとか。感情を完全に抑制したその声にも慣れてきました。ちゃんとコミュニケーションができれば仕事もはかどります。彼女は私と違ってサボらないのです。つい先日などは、「おやすみ」と声をかけるのを忘れて帰ったところ、翌朝までずっと仕事を続けていました。働き方改革が叫ばれるこのご時勢、前時代的とさえいえるその献身的態度は驚異であります。

さて、
先月の話ですが、「飛騨市ファンの集いin 岐阜」に参加してきたことについて、報告します。

5月10日夜。場所は岐阜市の「グランヴェール岐山」。

■「飛騨市ファンクラブ事業」とは
もともと飛騨市は平成28年度から、楽天(株)と連携して「飛騨市ファンクラブ事業」を行っています。(↓飛騨市ホームページにリンク)
飛騨市ファンクラブの画像

これは、全国にいる飛騨市を愛する人たちに、飛騨市の魅力のPRをしてもらう制度です。ファンクラブの会員には会員証を発行しています。会員証には楽天Edyを搭載し、使用額の0.1%が楽天Edyから飛騨市に企業版ふるさと納税で寄付される仕組みがユニークです。また、会員にはPR名刺が発行され、名刺が紹介状のような機能を果たし、飛騨市のファンを拡大していく仕組みになっています。ちなみに私も昨年からの会員です。
※飛騨市ファンクラブ事業についてのわかりやすい説明は→こちら

■「ファンクラブの集い」って?
そして「ファンクラブの集い」とは。これは、飛騨市のお酒、お料理が振舞われ、みんなで飛騨について語り、飛騨への愛を強める、いわば「オフ会」のようなものだと認識しています(飛騨市役所の皆様、この理解で合ってますよね?)

ファンクラブ事業の活性化、会員同士の交流を進めるために、リアルな接点も用意するのはとてもユニークです。今回の集いの定員70名はすぐに満員となり、15名以上もキャンセル待ちがあったとのこと。

都竹市長による挨拶のあと、乾杯があり、飛騨のお酒、お料理が振舞われました。その一部を紹介します。(なぜ一部しか紹介しないのか?・・・それは、筆者が飲み食べるのに夢中で写真を撮りきれなかった、というやむをえない生理現象に起因することは言うまでもありません。)

■飛騨市の渡辺酒造店、蒲酒造、大坪酒造の3つの酒蔵のお酒が勢ぞろい。

■山之村の寒干し大根とソーセージ、飛騨牛

■薬草料理

そして、会場では大きなニュースが発表されました。飛騨市ファンクラブの会員数が、この日とうとう2,000人を突破したとのこと。
※後日談ですが、5/31にCBCテレビ「イッポウ」で飛騨市ファンクラブが取り上げられ、一日で230人以上の申し込みがさらにあったそうです。

■関係人口を「数えるしくみ」
さて。地方創生とは移住定住促進のことだ!という解釈が最近はあまり聞かれなくなり、その代わりによく出てくるようになったキーワードが関係人口(観光以上、移住未満)です。人間は、結婚や就職や出産やマイホームなどのライフイベントがない限り、簡単にはゼロイチの移住はしませんので、その方向は間違ってないと思います。

しかし、自治体としてあるいは地域として、関係人口を増やそうぜ!という政策を立案するとき、必ず課題となるであろうことは、客観性のある「数え方」の設計です。関係人口には、そもそも住民票の移動がないので、自治体として関係人口にKPI(数値目標)を置くとしたら、どんな数え方で数えるか、がものすごく重要になるわけです。例えば、「単発のイベントに来た、どこの誰かも分からない人」は関係人口にカウントしてもよいのか、とか。「数える仕組み」の設計がしっかりしていないと、政策効果をKPIを通じて「見える化」することができず、結果として政策が長続きしない可能性があります。

そういう文脈から飛騨市ファンクラブや今回の「ファンの集い」を見つめなおしてみると、「関係人口の計測」という点で非常に頑健な方法であると思います。あわせて、ファンクラブの会員入会というプロセスを通じて、関係人口のメールアドレスや住所を入手でき、定期的にメールマガジンなどで関係人口と接触し続けることができます。まさに、関係人口と「関係」が作れるわけです。

私の知る限り、関係人口が今何人です、とちゃんと数えられている自治体は飛騨市のほかにほとんどないように思います。また、関係人口について解説している書籍や論文にも、数え方にまで言及しているものは、私は今のところ発見しておりません。関係人口を政策に組み込もうとしている自治体の担当者の方々は、飛騨市のこの仕組みを研究されてはどうでしょう。